Elliott SmithのSt. Ides Heaven

 

Elliott Smith

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孤高のSSWとして知られるエリオット・スミスの好きな曲の一つに2ndアルバム『Elliott Smith』収録の「St. Ides Heaven」という曲があります。

 

元々高く評価されていたものの、近年さらに再評価著しいエリオット・スミスの曲の中でもこの曲は最近、密かに輝いている印象があります。

 

スーパーオーガニズムのオロノがエリオット・スミスの中で最も歌詞が好きな曲と語ったり、今年に入って、ブライト・アイズとフィービー・ブリジャーズのカバーが出たりして、マイナーな曲ながら陽の目が当たって嬉しいな~と感じています。

 

この曲の歌詞はSt. Idesという酒を飲んで、ハイになっている主人公が「君」や世間に悪態をつきながら、月の出る夜に辺りを徘徊するという中々ダウナーな内容になっています。

 

ただ、この曲で大事なのは歌詞の内容よりも言葉の節々がどう耳に響くかというところでしょう。

 

例えば、サビの「High on anphetamines / The moon is a light bulb breaking(アンフェタミンでハイになって / 月は壊れかけの電球)」の部分ではコードがC-D-Em-Gと順に上がっていくことでルート音の上昇と、 感情がハイになること、月という物理的な上向き、曲の盛り上がりがピークに達していく部分であるサビの始まりであることという複数の上昇が詰まっていることで、言葉の響き方にただの意味内容を超えたエモさが帯びているように感じます。

続く「It’ll go around with anyone / But it won't come down for anyone(それ=月は誰にもついて回るが / 誰のためにも降りてくることは無い)」 では楽器の音量が上がり、スネアが入ることで盛り上がっては来ますが、「down」という下方向の単語が入ることでここまでの上昇感覚に裂け目が入り、ハイからダウンへ急降下するような主人公の感情の揺れへの共感を加速させることで、この後のラウドなギターストロークがエモーショナルに響いてくるのです。

 

2番では「You see me smiling, you think it's a frown / Turned upside down(君は僕の笑顔を見て、それをしかめ面だと思ってる / 逆さまなんだ)」という歌詞も出てきます。上手く笑えていないのか、それとも主人公の表情自体が(エリオット・スミスの声のように)悲しみを帯びているのかはわかりませんが、自分が思うには主人公の感情にはどこか捻じれてるところがあって、その不安定さが歌詞に、表情に滲み出ているんだと思っています。

また、"upside down"という語から再び上下方向への感覚が想起させられますが、アルバムジャケットの上下に描かれた人影がここで重なったりするのは自分だけでしょうか?。自分にはあのジャケ写は本作で表現される現実と自意識に引き裂かれた、依存に溺れるどうしようもない精神世界を表しているように思えてきたりします。

 

この後には最初に書いたオロノのお気に入りの歌詞(みんなが俺にやるべきこととかすべきでないこととか言ってくる / 何もわかってないくせに)も出てきたりします。

非常に鬱屈とした感情をぶつけたような歌詞ですが、生々しすぎる録音や完全に分離されたダブルボーカルによって不安定さの強度を高めているように感じます。

 

ここまで見てきたようにかなりエモい要素が詰まった曲ではありますが、ここで今年発表されたブライト・アイズによるバージョンを聴いてみると、なぜエモロック風にアレンジされたかということが分かるような気がしてきます。

 


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エリオット・スミスはそのスタイルからフォーク・シンガーとして受容されてきたものの、ボブ・ディランなどとは違うエモの文脈から捉え直すことの出来る可能性を、アコースティックなエモロックというスタイルの先駆者であるブライト・アイズとエモ・フォーク・シンガーとして人気を博すフィービー・ブリジャーズが結果的に示したように思えます。

 

感情、エモさというものが尊ばれ、軽んじられる現代でエリオット・スミスの表現はどのような意味を持ち得るのか。心の内側が簡単にインターネットの海に垂れ流される時代において、誰も触れられない心の奥の方を苦しみながら自身の表現に添わせ続けた彼の音楽は、何よりも丁寧に「エモ」として扱われるべき音楽なのではないかとこの曲から考えさせられたりします。