Courtney Barnett 『Things Take Time, Take Time』(2021)感想

 

 

 

 

「あのドラムマシンの機械的なビートを聴いていると、なぜかすごくリラックスできた」。

コートニー・バーネットが見つけた美しい感情 「非日常」がもたらした新境地を語る | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

 

オーストラリア出身のSSW、コートニー・バーネットの3作目のアルバム、『Things Take Time, Take Time』を再生したとき、遠くから聴こえてくるのはドラムマシンのビートです。

2010年代、インディ・ロックというジャンルで大きな活躍を挙げた数少ないミュージシャンであるコートニーの新作の最初の音としては少し拍子抜けのように思えるかもしれません。

 


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3年振りのリリース、前作までの唸るようなギターサウンドは鳴りを潜ませ、機械のビートが確実にリズムを刻み続ける中で、コートニーの歌声は耳馴染みの良いメロディーとともに心の奥底にスッと滑り込んでいきます。”Time is money, and money is no man's friend"というサビの歌詞が印象的ですね。

 

このようなタイプの曲は今までのアルバムに見られなかったわけではありませんが、生ドラムでは無く、ドラムマシンのビートをそのまま使った曲というのはコートニー・バーネットの曲では珍しいといえるでしょうか。ちなみに今作で使われているドラムマシンはアメリカのバンド、ウィルコから譲ってもらったものだそうです(良いエピソード)。

 

これまでに機械的な反復ビートというのはロックにおいては都会的な冷淡さだったり、無機質、未来的なイメージを伴って使われてきました。また、反復のリズムというのはサイケデリックな感覚とも結びついて、時間感覚を薄れさせてもいきます。

 


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ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「僕は待ち人」はモーリン・タッカーの超単調な8ビートがルー・リードの描写するニューヨーク、ハーレムの街角の不気味さと見事にマッチしています。

 

今作を制作する上で、コートニーがドラムマシンの何に惹かれたのかは具体的なところまではわかりませんが、アルバムのテーマの1つである「時間」が指し示すように反復が生み出す時間感覚の変容、「Rae Street」のMVに描かれるような隔離生活によって社会から、人との触れ合いから断絶された感覚、これらを機械のビートが表現しているように感じました。

 

人と交流できることといえば窓から手を振ることのみで、コートニーは「ただ、夜になるのを待っているだけ」(I’m just waiting for the day to become night)。

 

誰もが予測できないまま突然訪れたコロナ禍により世界はその速度を緩め、いつ終わるかわからないロックダウンは続いていく。移動することがかつてないほどに容易になり、経済や物事の動きはどんどん加速していく現代においてこれまでに類を見ないほどに止まってしまった時間を過ごすことはそれ自体が奇妙な経験で、世界中の人々がそのねじ曲がった時間感覚の中での生活を余儀なくされました。

 

コートニーはインタビューの中で自身の感覚の変化についてこう語っています。

 

(この1年半で)当然変化はたくさんあった(笑)。でも、その真っ只なかにいると、変わっていることに自分では気づかないことも多い。普通に、いろんなことをするペースがゆっくりになったことはたしか。前よりも焦らなくなったり、こだわりを捨てることだったり。

interview with Courtney Barnett 朝にはじまる  | コートニー・バーネット、インタヴュー | ele-king

 

ロックダウンの影響は「If I Don’t Hear From You Tonight」の歌詞の「外出禁止令で外が静かな中、ある人からの返事を待ち続ける」といった部分にも見られます。

 

また、今作ではオーストラリアで起きた山火事についても言及されています。

 

「私の隣に座って、世界が燃えるのを見よう」という一節は「Write A Things Of Things Forward To」で歌われるものですが、曲全体は一見明るいギターポップにも関わらず、どこか陰のある雰囲気を醸し出していて、世界が終わっていく様をまるで冷静に捉えているかのようです。世界が確実に悪い方向へ向かっているそんな中で、この曲の主人公は手紙が届くのを待つときを楽しみに待っています。大変なときにある時こそ、日常の微かな幸せを大切にしなければいけないというような思いを抱かされます。

 

音の面で言うと、以前に比べかなり大人しくなった作風のアルバムでしたが、個人的にはかなり今の気分に合った作品でした。本格的にコロナ禍が始まってからもうすぐ2年という月日が経ちますが、その止まってしまった時間の重みや恐らくこの先の数年は以前のような世界に戻れないという事実を考えるときに誰もが感傷的にならざるを得ない中で、このアルバムの特徴でもあるシンプルでレトロなマシンビートの淡々としたリズムは自分にとって目の前にある日々の生活を送るための確かな推進力になってくれるように聴こえます。

 

このアルバムを聴き終えたとき、「物事には時間をかけて」というタイトルは毎日を焦らないでというメッセージとなって胸に残ります。曲中に漂う穏やかなムードに乗せて、自分の足元の生活(現状とても不摂生なので...)をしっかり見直していきたいですね。