Clairo 『Sling』(2021)感想

今年リリースされたアメリカ出身のSSW、クレイロの2ndアルバム『Sling』の感想です。

 

Sling

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  • アーティスト:Clairo
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前作『Immunity』の4曲目「North」では“北へ向かうべきかも”と歌われていましたが、2作目となるアルバム『Sling』にはジャケ写に見られる通りまさに寒空が広がる北の大地へ移動したかのような音楽が収められています。

今作は70年代のジョニ・ミッチェルキャロル・キングなどの名SSWの名前が並べて語られることが多く、前作とはまた違った音楽性に進化しています。

 

『Sling』をプロデュースしたのは女性SSWを多く手掛けるジャック・アントノフです。今年はラナ・デル・レイ、セイント・ヴィンセント、ロードなどを手掛け、その一方で自身のバンド、ブリーチャーズもアルバムをリリースするという超多忙で今一番信頼を寄せられているプロデューサーの1人と言ってもよいでしょう。

 

先行シングルの「Blouse」を聴いたとき、これまでのイメージとはかなり変わっていたので驚きました。ドラムは入らず、一聴する限りでは上手くつかめないようなサウンドで、歌詞は音楽業界に入って男性に性的な目で見られた経験についてという深刻なテーマに関わらず、音自体には主張の強さのようなものはほとんど感じられません。一体新しいアルバムはどうなるのか?という戸惑いを感じたのを覚えています。

 


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と、そんな感じで聴いたアルバムでしたが内容はとても素晴らしかったです。

ジャケットに写っている犬はクレイロがジョニ・ミッチェルにちなんでJoanieと名付けた飼い犬らしいですが、今作が制作された背景はこの犬がキーパーソン(人じゃないけど)らしく、クレイロがJoanieの世話を通じて親になるということについて(結果として)考えさせられたことから生まれた曲が多く収録されており、音楽家として、人間として成熟を感じさせられるアルバムです。ちなみに9曲目の「Joanie」では犬のJoanieが演奏者としてクレジットされてたりします笑。

 

1曲目の「Bambi」では3分25秒ほどからのコーラスが重なるところで段々と高まっていきますが、強弱のつくところが完璧というか、最後で一番盛り上がるところを持ってきてすっと終わる展開が痺れます。4分くらいのところのボーカルで一気に引き込まれますね。

 


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2曲目の「Amoeba」はこのアルバムの中ではかなりわかりやすいナンバーですが特に最後のサビに至るまでの丁寧で磨き上げられた各楽器の響きが素晴らしく、ジャック・アントノフのプロダクションの凄みがわかります(個人的にはシンバルの音が好みです。)。

 


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4曲目の「Zinnias」もギターとドラムが入ってきた瞬間に一気にやられちゃうくらい楽器一つ一つの音色が凄く良いですね。

 


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5曲目に先行シングルの「Blouse」ですが、 Geniusでこの曲がジョニ・ミッチェルの「For Free」とメロディーがとても似ているとの指摘が多くなされていることから“But I get a cosign from your favorite one man show”のラインが「For Free」に登場する”one man band”を示唆しているんじゃないかという意見を見かけましたが、自分はどちらかというとジェイムス・テイラーの「One Man Parade」の方を連想しました。

 

「One Man Parade」は1972年のアルバム『One Man Dog』の1曲目ですが、この曲でも”one man band”という語が登場します。それだけでなく、曲の主題が犬(ジャケットにも犬が写っている)、ジェイムス・テイラージョニ・ミッチェルと別れた直後の曲だということ、『Immunity』でもクレイロは「A Case Of You」のフレーズを引用していることとか考えると個人的には「One Man Parade」説あるんじゃないかなと思うんですがどうなんでしょうか…。

 

あと『One Man Dog』って確かジェイムス・テイラーが当時のフォークシーンの中心であった西海岸暮らしに馴染めなくて、ニューヨークへ戻って作られたアルバムなんですよね。そういうところからも生まれが南部のアトランタで、前作もLAとアトランタで録音していたクレイロが音楽業界に馴染めず、今作をニューヨークの山小屋みたいなスタジオにジャック・アントノフと籠って作ったところとオーバーラップします。

 


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まあ"one man show"の部分の解釈は何だっていいんですが、クレイロが70年代前半のSSWに関心があることを示唆されるというのはフィービー・ブリジャーズやラナ・デル・レイ(今年出したアルバムで「For Free」をカバーしている)との同時代性を感じさせられますね。

 

結構全体的に感じるのは音圧の弱さというか、ただ傍で鳴っているくらいのテンションのものが多く、一度通して聴いただけでも音やメロディー、ボーカルの良さははっきりわかりますが、繰り返して聴けば聴くほどさらに味わい深くなる作品だと思います。ブリーチャーズの新作にも似たような感想を持ちました。

 

これまで、クレイロの音楽のベッドルーム感、宅録感を担ってきたドラムのループも今回はほとんど見られません。前作ではトラップのような曲があったり基本的にヒップホップマナーに則った曲が多かったのですが、今作ではそれを意図的に排除したような印象すらありますね。

 

ジャック・アントノフのプロデュースはかなり凝ったことをしている印象ですが、様々な楽器を導入してもクレイロのパーソナルな表現に寄り添うように決して前に出すぎないように聴こえるようにしていたのが非常に好感が持てます。

 

今作はZ世代、ベッドルーム・ポップ、ネット発の女性SSW…とこれまでクレイロを形容する際に用いられてきた言葉を一気に脱ぎ捨てるように変化したアルバムでした。

ここには「Sofia」の間奏のノイズも「Closer To You」のようなオートチューンもありませんし、『Loveless』ばかり聴いていたかつての15歳の面影も見受けられません。

 

単純なイメージ先行で安易に消費されることを拒むかのように並べられた全12曲は穏やかでありつつも、ある種の諦念を滲ませてもいます。音楽活動を止める寸前だったクレイロが見つけた新たな道がこのアルバムに示されていると言えるのではないでしょうか。

 

派手さはありませんが、2021年を振り返る際にジャック・アントノフの怒涛の活躍とともに「そういえば良いアルバムだったな」と静かに記憶される、そんな作品になるような気がしています。