The Killers 『Pressure Machine』感想

 

 

 

 

 

 

2021年8月13日、アメリカ・ラスベガスのロックバンド、ザ・キラーズの7作目となるアルバム『Pressure Machine』がリリースされました。

 

今作はバンドから「今まで最も静かなアルバム」と予告されていた通り、ブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』などと比較されるような、かなり内省的なアルバムとなっています。ソングライターのブランドン・フラワーズの故郷、ユタ州のネフィという人口わずかに5000~6000人ほどの街がアルバムの舞台となっています。

 

キラーズがブルース・スプリングスティーンに代表されるようなアメリカンロックに接近するアルバムというと、2作目の『Sam’s Town』が真っ先に思いつきます。が、あれはどちらかというと、スプリングスティーンのアグレッシブな面を表現したアルバム、例えば『Born To Run』、『The River』の前半、『Born In The USA』...といったアメリカンアリーナロックの趣を、キラーズの元々持っていたイギリス的なニューウェイヴ・サウンドを土台の上に表現するというものだったと思います。

 

今作では、ペダルスティールギターの使用など一聴してわかるほどにアメリカの郊外を思わせるような広々とした音像が特徴的で、自身の家族について歌った前作を経て成熟したブランドン・フラワーズの力強く、ときに繊細なボーカルがこれまでのキラーズとは一味違う作風の曲を上手く表現できているように思えます。

タイトルトラックの「Pressure Machine」ではブランドンの柔らかなボーカルが特に耳を引きます。

 

4・5作目で見られた、U2的なビッグバンドとしてのキラーズは曲単位では好きなものもあったけど、アルバム単位ではどこか力みが感じられるというか、ギターのデイヴやベースのマークがそれぞれの事情でツアーやレコーディングに段々と参加できなくなっていく分、ブランドンにかかる負荷は大きなものだったのかなと今になって思うところです。

 

前作の『Imploding the Mirage』ではアダム・グランデュシエルが参加したこともあってか、かなりThe War on Drugsを思わせるようなサウンドでしたが(War on Drugs自体スプリングスティーンの影響が強かったりします)、今作にもそれが引き継がれてますね。

 

ただ、ドラムの音色にはニューウェイヴ/ポストパンクを思わせるものがあります。『In The Car Outside」のイントロではカントリー風なギターとジョイ・ディヴィジョンのようなマシン的なドラムが効果的に使われています。これは他のアメリカンロックにはあまり見られない組み合わせではないでしょうか。


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ここまで、ブルース・スプリングスティーンの名前を多く用いてこの作品について書いてきました。ですが、アルバムの最後の瞬間に私が思い出したのはスプリングスティーンではなく、ザ・ビーチ・ボーイズの名盤『Pet Sounds』でした。

 

12曲目「The Getting By」の最後に入るのは、列車が遠くに行ってしまうのを表すかのように汽笛の音が遠ざかる効果音です。


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1966年にビーチ・ボーイズがリリースした『Pet Sounds』の最後の曲、「Caroline, No」にも列車が過ぎ去る効果音が使われています。


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「Caroline, No」では「君」が長い髪を切ってしまうことに対しての、ブライアン・ウィルソンの悲痛なまでの叫びが胸に響きます。

この曲で描かれているのは誰しもが経験する青春期の終わり、無邪気にもずっと続くと思っていた時間の終焉です。

Where did your long hair go?

君の長い髪はどこにいったの?

Where is the girl I used to know?

僕の知っていた少女はどこへ?

How could you lose that happy glow?

どうして君はあの幸せな輝きを失ったの?

I remember how you used to say

君が言ったことを覚えているよ

You'd never change, but thet's not true

私は変わらないって、でもそれは本当じゃなかった

It’s so sad to watch a sweet thing die

美しいものが死にゆくのを見るのはとても辛い

 

目の前を過ぎ去る列車と吠え続ける犬。アルバムの終わりは不穏に、唐突に訪れます。

ウィキペディアとか見てると、ブライアン・ウィルソン本人もなぜこのラストを選んだのかは覚えていなかったような感じですが、イノセンスの喪失というテーマとそのモチーフとしての列車は『Pressure Machine』でも同じように描かれているように感じます。

 

ブランドンはPaste誌のインタビューでこのように語っています。

(『Pressure Machine』の制作は、不快な記憶を掘り起こすことも含めて、癒しになりましたか?という質問に対して)

中学2年生のときに、高校の上級生たちが電車に轢かれて亡くなったのですが、私はその先輩たちと少ししか会っていなかった。でも、25年経った今でも、あの時のことや町に起こったことを考えると、本当に感情的になってしまう。それは、無邪気さの終焉an end of innocence)だったんだ。ありきたりな言い方だけど、それが現実だった。

The Killers: 'Pressure Machine' Interview - Paste (pastemagazine.com)

 

『Pressure Machine』の2曲目、「Quiet Town」は卒業を間近に控えたある高校生のカップルが列車に轢かれたという衝撃的な歌いだしから始まりますが、これはブランドンの故郷、ユタ州ネフィで起こった実際の事故を指しています。

その事故があってから、僕も街も、無邪気でいられなくなったような気がした。それ以来、いろんなことが起きるのに気づくようになったから。まるで闇のドアが開かれたみたいだった。

ザ・キラーズの「Pressure Machine」をApple Musicで

 

TURNのレビューでも、列車がアルバム内でどのような役割を果たしているかについての言及があります。

The Killers : Pressure Machine | TURN (turntokyo.com)

列車というものが誰かの生命を、未来を絶つものとして持ち出される。夢の挫折へと帰結するようなその語りを端緒に展開する

本作の最後において列車はその巨大な動力をもって貨物や人をどこか自分たちの知らない広大な世界へと運んでいくさまを、それまでに感じたことのない胸の高鳴りをもって未来ある子どもたちが眺めるものとして描かれている。

 

このレビューの中でも書かれているように『Pressure Machine』に出てくる列車というモチーフは「Born To Run」におけるハイウェイを駆け抜ける自動車と同じような意味を持っていると思います。

そして、それと同時にブランドンにとって希望に満ち溢れていた時期を切断するものとして、自分は『Pet Sounds』のあのラストを『Pressure Machine』に重ねてしまいます。

 

『Pressure Machine』はアメリカ出身のブリティッシュ・バンドとも呼ばれることもあるキラーズがアメリカというプレッシャー・マシーンを生き抜く郊外の人々に捧げたアルバムです。

このような音楽を彼らから聴けることが嬉しいと同時にまた日本でライヴしてくれんかな~という思いも強くなるばかりです...。